おとぎもようあやにしき
2009-03-15


9時半から近所の公民館でマンションの管理組合の年次総会。そんなに突っ込みもなくしゃんしゃんで終了。その後、新旧理事(兼町内会役員)の簡単な引き継ぎをした後、近所の寿司屋で懇親会。町内会長の都合で13時半にはお開きになったので、その足で職場までてくてく歩いて、18時くらいまでいろいろと仕事をする。
 徒歩でてくてくと帰宅。カレーヌードルで軽く夕食の後、ちょっとだけ飲む。
 そういえば感想を書いていなかったひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき』最終巻だが、陰陽師ではなくて修験道に材をとった初の和製ファンタジーもいかにもそれらしく「マンガ」の文法で描ききる描写力の安定感はあいかわらず円熟の職人芸。安心して楽しめる。確かマンガ夜話あたりでゆうきまさみについて「人物もレイバーなどのメカニックも背景も同じタッチで統一感がある」という趣旨の評価がされていたことがあったと思うんだけど、ひかわきょうこについても同様の画風、作風の統一感を感じる。いや、言葉にすると簡単だけど、これがちゃんとできているマンガ家ってけっこう少ないと思うんだけど。特に、劇画的な、リアルに描けばそれなりに統一感がとれてしまうような画風じゃなくて、まるっこい古典的な「マンガ」のタッチでこれができているマンガ家、という意味では。
 しかしちょっと思ったんだけど、少女マンガ家としての立ち位置がほとんど正反対のひかわきょうこと那州雪絵って、意外と近い時期に近いモチーフで連載しているかなあ。と、いっても、いずれも作品の発表ペースが遅かったり、健康上とか趣味上のもろもろの事情でブランクが空いたりするので、実例となるのは異世界ファンタジーとしての『彼方から』と『月光』、和製ファンタジーとしてのこの『お伽もよう綾にしき』と『魔法使いの娘』くらいのものなんだけど(笑)。で、那州雪絵の描くヒロイン像というのはオトコとは無関係に自立していて一貫しているんだけど、ひかわきょうこの場合、見た目と性格は一緒なんだけど、『彼方から』では基本受け身で直接敵を倒せるような能力もなく、守られる一方だったのが、『お伽もよう〓』では基本的な修験道の技は使えて、「真名」で敵を封じるような大技も使える、ヒーローと並び立つヒロイン像になっていたのは、地味ながら、ひかわきょうこの作品歴の中では実はけっこう事件かも(笑)、と、ちょっと思った。
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